No.151
季節をまとうという贅沢
◆ 秋の色を味方につけるスーツの美学 ◆
日本人は古来より、自然の移ろいに寄り添って暮らしてきました。
桜の花が咲けば衣を薄色に変え、
紅葉が深まれば色濃く重ねる。
「襲色目(かさねのいろめ)」に象徴されるように、
季節の色を装いに映すことは、単なる実用を超えた“粋”の表現でした。
一方、西洋の装いは、季節を主に生地の厚みで区切ります。
ツイードやフラノは冬、リネンやコットンは夏。そこには合理的な快適性の追求がありました。
しかし日本では、同じように生地を選ぶだけでなく、さらに色や柄を通して「季節を感じ、楽しむ」感性が加わるのです。
この感覚は現代のスーツスタイルにおいても活かすことができます。
今回は、春・秋・夏・冬という四季を、主に色を切り口にしてどう纏うかを考えてみたいと思います。
◆ スリーシーズンの快適と贅沢 ◆
スーツの生地を大きく分ければ、
・春・秋用(中肉のウールやトロピカルウール)
・夏用(フレスコやリネン混などの軽量素材)
・冬用(フラノ、ツイード、カシミヤ混など重厚素材)
と整理することができます。
特に冬専用のフラノやツイードは、気候に対して快適であると同時に、
豊かさを纏う象徴ともいえるでしょう。
重厚な生地で仕立てたスーツは、まさに「贅沢の極み」であり、
単なる防寒具を超えてステータスそのものを物語ります。
しかし、秋口のように「まだ暑さが残るが、季節は確かに進んでいる」時期には、
重い生地を纏うのは現実的ではありません。
そこで大きな役割を果たすのが色です。
◆ 色で季節を纏う ― 秋の装い ◆
暑さの残る初秋には、まず色で季節を先取りするのが粋です。
たとえば、スーツにブラウンやオリーブを取り入れるだけで、
軽やかな生地でも秋らしさを表現できます。
・ブラウン:落ち葉や土を思わせる安定感。秋の定番。
・オリーブ/モスグリーン:自然との調和を感じさせ、渋みが大人らしさを演出。
・バーガンディ/深い紫:実りや葡萄のニュアンスを帯び、色気と季節感を両立。
これらの色は、生地が中肉でも十分に「秋らしさ」を醸し出します。
さらにネクタイやポケットチーフで深いトーンを添えると、
装い全体が秋の空気を纏ったものに変わります。
◆ 色で楽しむ冬 ◆
・冬 ― 深みと重厚感
逆に冬は、生地そのものの厚みに加え、
色の深みが装いの完成度を高めます。
チャコールグレーやダークネイビー、フォレストグリーンなど、
光を吸い込むような色合いは、冬の空気にしっくりと馴染みます。
そこにカシミヤやツイードの質感が加わることで、
「冬を愉しむ」という贅沢が成立するのです。
◆ 季節を移ろわせる具体的な実践 ◆
・スーツ生地:気候に応じて厚みを調整する。秋口は中肉の生地でも「色」で十分に季節を表現可能。
・ネクタイ:夏はシルクの軽やかな無地、秋はウールやニットの深色、冬は濃色のソリッドや重厚な柄。
・ポケットチーフ:季節の花や自然を連想させる色を差すことで、控えめながらも強い演出効果。
小物の選び方一つで、同じスーツでも「季節感」がまったく変わってきます。
これこそが装いの奥深さであり、粋の本質といえるでしょう。
◆ 季節を纏うという余裕 ◆
現代は空調の発達により、季節に抗う装いも可能です。
しかしあえて季節を尊び、その移ろいを装いに映すことは、
時間を豊かに味わう贅沢です。
秋口にブラウンのスーツを選ぶ。
冬にフラノを纏う。
それは単なる合理性ではなく、「季節と共に生きる」という美学の表れです。
日本人が古来より大切にしてきた、季節を纏う感性。
それを現代のスーツに活かすことは、
ただのお洒落ではなく「文化資本」を身にまとうことに他なりません。
装いは雄弁です。
声を荒げずとも、自らの感性や余裕を静かに語る。
そんな一着を、あなたのワードローブに。